紫紺の闇    

      東京商科大学予科昭和11年

        歌:TAKECHAN

   紫紺の闇の原頭に     オリオンゆれて(とり)鳴きぬ
   見よ明の空地平線     希望(きぼう)の鐘の響く里
   橋人うまず築きゆく    自由の(とりで)自治の城

  (春)
   彌生武蔵は多摩の原    霞に煙る長堤や
   しず心なく(はな)の散る    嗚呼()く春を惜めども
   伸びゆく生命(いのち)綠草(みどり)こそ   吾等が若き徽章(しるし)なれ

  (初冬)
   嗚呼繚乱(あありょうらん)の春は早や    落葉に注ぐ村時雨(むらしぐれ)
   友紅の(かんばせ)も       亦移ろうは世の運命(さだめ)
   果敢(はか)なき憂愁(うれい)身に沁みて  仰げば(すご)利鎌(かま)の月

   思想(おもい)の空の乱れては    行くすべ知らぬ(あだ)し世に
   あゝ伝統の舵をとり    濁流ルビコン渡らんと
   (ともづな)ときし三寮よ     自由は死もて守るべし

*序の「オリオン」は天皇制国家。「ゆれて」は、皇道派青年将校らが下士官1400余名を率いて齊藤実内大臣・高橋蔵相
らを殺害した昭和11年の2・26事件をさすか。「鶏鳴きぬ」は、最後の節の「自由は死もて守るべし」と叫ぶ予科生のことか。
あるいは、新たなる世を告げる革命の声であろうか。
*(初冬)の「利鎌の月」はソビエト連邦のこと。
 「だが紫紺の闇のように暗いあの時期に、たとえ一橋寮にはきら星のょうに多くの知性が光り輝いてはいたにもせよ、
それを心ゆくまでに、歌いあげることは、厳しい制約下におかれていた私にほとても出来ぬことであった。
せめて、奴隷の言葉ででもと、絶対制をオリオン星座になぞらえては、万物流転の法則にてらしてその動揺をつぷやき、
「あおげば凄しかまの月」と、カマとツチ(東北弁でほ、月はツチ)印の国の躍進にもふれておいた。」(依光良聲「歌の旅」より)
ちなみに、「鎌」は農民の、「槌」は労働者のシンボルで、ソ連邦国旗に描かれている。